モッサンの思い出し笑い

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

第12話 ウエポン

雑誌「GUN」の愛読者だったモッサンとガマは、その雑誌の広告から「ファルコン」というパチンコを購入した。

それは駄菓子屋で売ってるプラのY字パチンコとは一線を画す「兵器」だった。

スポーツサイクル「ロードマン」のハンドルを彷彿させる頑丈なアルミフレームに、血圧測定の時に腕に巻きつけるようなゴムひも、太い樹脂グリップ、極度の引っ張りに耐えるため腕に固定する支え部材が付いた、それはそれはカッコいいフォルムだった。

で、その破壊力たるや

空き缶(当時オールスチール缶)を10メートル位から狙い打ちし、1発当たると缶がひしゃげてターゲットとして役に立たなくなった。

窓ガラスに放つと、ポツっと丸い孔が空き、ヒビ割れが生じない。

目で照準を合わせると、発射したとき自分の顔面をブン殴ることになり危険。モッサンはそれで青パンダになった。

鉛玉で「サントリーオールド」の空き瓶を撃つと、瓶は割れず、鉛玉が平らに潰れたが、鉄球を使用すると孔2つ空けて貫通した。まさに鉄鋼弾。

ガマはこれを狩りに使おうと試みたが失敗に終わった。
発射時の音がデカくて鳥も魚も逃げてしまうのである。爆竹1発並の音がする。

面白かったけど、それだけの破壊力のためゴムの寿命は短く、すぐに切れてしまった。

スペアゴムが結構高くて、当時「定額小為替(笑)」決済だったので面倒になって、購入を伸ばし伸ばしにしているうちにマイブームは去っていった。今でも売っているのかな?

高校生の手には余りまくった「ウエポン」だった。  end

未分類 | コメント:2 | トラックバック:0 |

第11話 冬山ごもり


続きを読む
未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

第10話 (危)ビッグエアー

スノーボードで巨大ジャンプ台を飛び、空中で様々な技を競い合う通称「ビッグエアー」

もちろんモッサンが高校生の頃はスノボセットなぞ買い揃える金はなく、というかスノーボードというスポーツ自体が存在していなかったと思う。

モッサンとガマが冬に愛用していたのは「そり」である。普通にホームセンターとかで売ってるあのプラスチック製の赤いヤツね。
非常に軽量なので冬山遊びには必ず担いで行った。
今回は「そりでビッグエアー」のお話。

近所に、全伐採されボウズになった山があって、雪が積もるとそこが「そり場」となる。
モッサンとガマは40度以上の急傾斜の中ほどに巨大なジャンプ台を作った。
そりをスコップ代わりに周りの雪を積み上げ固めた。カマクラができるほど大きくなった。

次に「滑走路」だが、そりの通り道を溝状に10センチほど掘り下げた。
これで軌道がブレず、かつ足で舵をとってスピードダウンすることがなくなった。
さらに麓の沢から水を運び、それを滑走路に撒いた。凍らせて滑りをよくするためである。
氷点下なので一瞬でカチカチである。

仕上げは着地地点で、これが重要である。
巨大ジャンプして、そりに乗ったまま着地すると確実にそりはバラバラになる。
過去に小さいジャンプ台を飛んだ時みごとに大破した経験を踏まえ「そりは空中でブン投げる」事が基本になった。
当然着地するのは「人体そのもの」なので、着地地点の雪は柔らかくほぐしておく必要があった。

さて、いよいよ競技開始である。
スタート地点からジャンプ台を見下ろすと「壁」にしか見えない。
トップバッターはやっぱり「勇者ガマ」で、さすが、ためらいなく滑り出した。



滑走の時点でもはや現実離れ。まるで「ボブスレー」を見ているようだった。
そして吸い込まれるように巨大ジャンプ台へ。

そのとき、ガマは鳥になった(笑)基本どおり空中でそりを横にブン投げて手足をバタバタさせている。
まだ着地しない・・・まだ・・・
そのままジャンプ台の向こうに消えていくガマ。
「死んだ?」とモッサンは思った。
ブン投げたそりは斜面を独走し、麓の沢まで行ってしまった。

モッサンが様子を見に行くと、ガマは見事に雪に「刺さって」いた(笑)
幸い怪我ひとつなかったが、これは余りに危険と判断し、以降は滑走距離を半分以下にして10メートル程度のジャンプを楽しんだのであった。

今回もガマの「恐怖心の欠落」ぶりを見せ付けられたモッサンは(こいつ長生きできねーな)と思ったのであった。

end

※マジで危険です。命に関わるので絶対マネしないでね。

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

第9話 ウニ丼

モッサンの地元の海には、ウニが非常に多い。
だが、口に入るまでのプロセスがメンドクサイため誰も獲らない。
ある日テレビで「ウニ丼」をウマイウマイ言いながら食べてる番組を見て、初めてウニが高級食材であるという事を知った。

たしかゴールデンウィークだったと思うが、モッサンは「ウニ丼を自作する計画」を打ち出した。
しかし周りからの反響はなかった。ガマにまで無視されてしまった。
それほどウニは人気がなかったのである。

というわけで、モッサンひとりでこの計画を実行した。

必要資材は、米・飯ごう・捕虫網・しょうゆ。以上である。

ムラサキウニの捕獲は簡単で、テトラポットにくっついているのをアミでヒョイヒョイすくうだけ。
ものの5分で充分な数量を確保できた。

浜辺の焚き火で飯ごうの米を炊き始め、ウニの解体にとりかかった。

特に解体用の道具を持っていなかったので、「そのへんの石」で叩いて殻を割り、中の黄色い可食部(卵巣)を取り出し海水で洗う。
この作業が実にめんどくさい!20個ぐらいのウニをさばくのに1時間近くもかかった。
米はとっくに炊けていた。

飯ごうのメシにウニをどっさり乗せ、醤油をたらし、一気にかきこんだ。
これはウマイ!ウニ丼大成功である。

が、ここでも悲惨なオチが待っていた(笑)

なんか右手の中指が動かない。
よく見ると中指の第一関節にウニのトゲが刺さっていたのである。石で叩いていた時に刺さったのだろう。
刺さった部分からトゲがポッキリ折れて指の中に残ったのだった。慌てて指をギュ~ッと絞ってトゲを取り除いたが、指は完全にスタン状態である。地元の漁師に聞いたら「毒あっからな」「明日治ってる」とコメントをいただいた。

恐るべしウニ!

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

第8話 ピラミッド

「ムー」という雑誌に「世界最古のピラミッド説」として、モッサンたちが住む集落の奥地が取り上げられていたらしい。
「らしい」というのは、「ムー」の愛読者の同級生から聞いた話で、実際にその記事を読んだ訳ではなかったから、真偽は定かでない。
ネットで当時のバックナンバーの一覧を調べてみても、それらしいものは見つからない。

大昔、恐山が破裂して山の半分が消し飛んだ時、その世界最強の含有率を誇る「金(Gold)」が下北半島に降り注ぎ、1300年代にはこの辺の領主(蠣崎氏)は9京両もの金を保有したほどだから、太古にピラミッドを建造するだけの地力がこの地にはあったといえる。
ちなみに現在残っている「下半分の恐山」にも莫大な金が眠っているとか。

というわけで、モッサンとガマはその「ピラミッド」を探しに、未開の山「天狗森」に向かって出発した。

季節は春、4月だったと思う。邪魔な潅木類は残雪が押しつぶしていて、信じられないほど歩きやすい。

目的地は標高600メートル程度の山だが、林道や登山道は皆無なので、とにかく尾根づたいに山を越えていった。
これは思ったより身体にこたえたが、何とか地図上の「天狗森」と等高線が合致する場所に辿り着いた。

しかし、見渡せど360度オール「ブナ」と「青森ヒバ」だらけで、疲労もあってピラミッドらしきものなど探すのも億劫であった。

時刻は午後3時を回り、引き上げを考えていたとき、ふと右手の方に何やら不自然な山があることに気づいた。

うまく表現できないが、「山と山の間に後から山をつくりました」みたいな感じだった。
樹木は茂りまくりだが、キレイな「四角錐」の山!地図上の「天狗森」から南東に約500メートルほどの低地にそれはあった。「あれか」と思ったが、モッサンたちは疲労がピーク。加えて日没も迫っている。何より気味の悪さみたいなのがあった(もしビンゴなら、それは墓なんだよな)

少し残念だったが、モッサンたちは引き上げることにした。
帰りは全て下りである。それを見越して「そり」を担いで来ていたので、すべりながら30分ほどで麓に下りることができた。

帰り道、二人で出した結論は「あんな険しい山では調査とか厳しいだろう」ということ。
まず道路かヘリポートをつくらないと、とても話しにならない。もし本当にピラミッドがあったとしても、発見されずに忘れ去られるんだろうな、でもそういうのも風情があっていいかな、などと色々空想しながら家に帰った。

興奮して親に報告したら「バァガ!熊出だらどうすんだ!」「めし冷めでまったべや!」と、夢も希望もないダメ出しをくらったのだった。

end

PS.もしも、モッサンたちが見た「ピラミッドらしきもの」を調査したい方がいらっしゃれば、ご相談ください。

そのときの登山ルートは今でもハッキリ覚えてますんで、案内しますよ。

あと、念のため、これ「ノンフィクション」です。

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<前のページ| ホーム |次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。